ひい坊と私 1(誕生)
長女のひい坊が生まれたのは2012年の晩秋。
生まれる前の週では「緊急入院!」と診断を受け、俺は妻に付き添い個室に入院した。この産婦人科、妻も産湯に浸かったという縁がある病院。だからもう二人してワクワクしてたんですよ。
ところが、どうも産まれない。
何故かと言うとお腹のひい坊(名前はまだない)が頭が大きくて、引っかかってるというのだ。促進剤やら風船みたいな処置を受けて、妻は体調ガタガタ。もういいやと三日目に退院。
「頭が大きいのは、キシカワさんのせいね。かわいそうだ」
「ああ、すまん、すまんのう」
という会話があった気がするが知らん。きっとあったよ、妻。
で、病院至近の実家待機になって、毎日、促進のためにウォーキングする妻。離れた自宅で仕事を続ける俺。検診の時は一緒にいくという感じ。その頃は「月刊宝島」によくしてくれてもらい、編集の大西さんや編集長の冨樫さんに世話になっていた。だからいっぱい書かせてくれていたのだ。ホント、署名無署名いっぱい書いたよ。
で、無農薬農法のヤバい話と放射能測定記事を書いている最中、電話が。
「どうもさあ、次の検診次第では帝王切開をやんなきゃいけないかも」
俺はビビったね。ああ、俺の最大の特徴である頭が大きいせいで、帝王切開か!ってね。申し訳ないを通り越して、頭蓋骨の遺伝の果てまで追っかけて、クレームつけたい思いでしたよ。いやまさかというけど、俺は通常のL寸の帽子ではキッチキチなのね。LLでジャスト。いつも帽子屋で半笑いの眼に遭うから、通販で買うようにしたら、サイズオーバーで泣くケースもあって、そんだけ頭がでかいのよ。
で、そんだけデカいなら脳みそパンパンかというと、どうやら骨が厚いだけか、智慧は足りない、鬱病患うはパニック障害起こすわで、強靭すぎる脳ではなさそう。
その「ただ大きいだけ」が娘の誕生や妻の出産で「壁」になるとは…………恨むよね、自分の骨格。そのルーツ。キンタクンテもバックリだ。
さあ、胸騒ぎのまま帰宅し、仕事を終えて、寝たが寝付けない。すると朝四時に携帯が鳴った。
「きた、きたきたきた」
「陣痛か!」
そう、妻にやってきたのだ。僕は慌てふためくなかで「ヤットデタマン」の主題歌が鳴っていたのだが、そのことを妻に言ったところで、なんの「慰めの報酬」もなかろう。それ以上の叱責「スカイフォール」をかまされるだけだ。天が落ちても正義を果たせつうスカイフォールの言葉は、なにがなんでもひい坊の世界登場に付き添えに変わり、始電を待つしか無い状態になった。
やっと動き出したので、えいやと電車で産院へ。
待合にはお義母さんが待っていて、ワクワク気味。俺をみて「まだ時間かかる。これはぜったいそうだから、まずは落ち着いて腰掛けて」と言ってくれる。さすが二人を産んだ先輩ママだ。
「お茶買ってきてあげる。呑んで待とうね」
「え、いいですよ。一緒にいましょうよ」
「まーだ時間がかかるって!」
と廊下の奥へ去るお義母さんの背中を見ていたら、切迫した看護師さんが現れて「お父さん? 中へ入って!」と、分娩室へ袖を取られ、連れ込まれてしまう。
妻は寝かされ、痛みを堪えつつも、呼吸を整えていた。
俺が肩に触れて、世の善良なるパパの演技を行おうとするやキッと睨まれ、触るなのアイコンタクト。
ごめんね、ごめんねー。
怯んだ俺はじっと処置のために鉄火場と化した、妻の腹部より下の場所へ視線を泳がせた。医者は「おい、もうここまで来てるのか」とか「切るよ」とか言う。ホントに切って血がパーッと出た。
「おおこれが講習で言ってた出血か。付き添いパパの気を遠くする伝説の」
と感心しつつ「俺は大丈夫だぜ」とほくそ笑んだ。
「おい、スッポンだして」
いや記憶違いかもしれない。でも今の記憶では「スッポン出して」と医者が言ったはずだと思う。そして「ハイ!」と眦決した看護師さんがいったん分娩室を去り、駆け足で器具を持ってきた。
器具!
スッポン!
そう、なんだかんだ医療器具だが、それはトイレのスッポン的な何かだった。
ええ、と俺が引くタイミングもないまま、今度は「ダイブ」の声が聞こえた。なんだ、それ、潜るのか?
いや違った。妻の下腹部に位置する床の上に何かを置いた。
それ、踏み台じゃん。
飛ぶの!
「おやっさん、俺ぁ飛びますけんの」
という渡瀬恒彦の声が聞こえたが、これは後付ではない。そんな感じの声が。
「いくよ、ぴったし合わせて!」
医師がいうと「3,2、1」で看護師さんダイブ。
腹をぐいっと押す。
スッポンが突っ込まれ、ポンと小さな赤い物体が出てきた。
看護師さんや医師が「やったあ」的な感じを醸すが、俺は「え?」な顔。
「あれ?」
妻も首を動かし、下腹部の先の未来を見つめるが、同じ呆けた顔だ。
「生まれましたよ! 頑張ったね!」
ひい坊登場だ。
泣き声が半端無くデカかった。
なんか洗われて、滅菌された青布にくるまれていた。
変な帽子、そう、食べきりチーズのキャラクター、青い小人が被っているような帽子を頭に載っけてた。先っぽはストローみたいな。
そして悔しがるお義母さん。
お茶買ってきてあげるということがなければ、立ち会えたのに。
それくらいスピード感あった。入院分娩室入り、安産だった。
短い対面の後、むしゃむしゃチョコを頬張る妻と俺は一致して、娘を「ひい坊」とつけた。泣き声が力強く、すごかったからだ。
その後、2時間して、妻は出血し、一時は救急搬送まで考えられたほどだったが、夕方前には快方へ。新生児室ではギャン泣きするひい坊がいて、こりゃあ元気だと思った。
11月も過ぎると夜風が冷たかった。
煙草に火をつけ、喫い終えると、駅へ向かった。
缶ビールをホームに腰掛け呑んで乾杯した。
家に戻ると記憶なく寝てしまった。